世界の海での原子力潜水艦、原子力艦艇の事故
廃艦になった原子力潜水艦が核燃料棒を積んだまま何十隻も、たとえばウラジオストックに放置されている。原潜は、退役しても放置しておくわけには行かず、原子炉を抜き取って処理するまでは、常時電力を供給して冷却水循環ポンプを回してやる必要が有る。
→日本政府が2001年にロシアに引き渡した処理施設「すずらん」は、 退役したロシアの原子力潜水艦を極東ウラジオストク近くで解体した際、液体放射性廃棄物が日本海に投棄されるのを防ぐため供与された。船に似た浮体構造のため移動可能で、年間7000立方メートルの処理能力を持つ。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=16-03-02-08
↑参考:ロシア極東における液体放射性廃棄物処理施設(スズラン)の建設
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旧ソ連は旧式化した原子炉を少なくとも日本海に4基、北極海に17基投棄している。
放射性廃棄物も多数海洋投棄している事実が発覚している。
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米原子力軍艦が日本に寄港するとき、日本側はモニタリング(監視)態勢をとり、陸上と海上で、空気、水、海底の泥のサンプルを採取するが、それまで空気中の放射能調査のサンプルをとるときに原子力艦から20メートル以内に近づいてはだめだとなっていたのを、アメリカが「50メートル以上離れて行うよう」にと申し入れ、23ヶ月間に及ぶやり取りの末、1971年に日本は50メートル以内で空気中の調査をやらないと秘密の口頭了解が交わされた。
1998年7/11深夜、横須賀港内で通常の3倍以上の放射能が計測される。そのとき、横領賀港内には米海軍原潜トピカと米海軍原潜バットフィッシュが停泊。しかし米海軍は、日本政府に対して原子力艦船の事故についての情報を公開しようとせす、日本政府も、立入って調査・安全性の審査ができない。そのため異常放射能は度々計測されても、何が起こったかは日本政府も分からない。
日本の港の中で米原子力艦船が、放射能を含んだ冷却水を捨てる可能性があることを日米両政府が容認している。
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原子力潜水艦
・1960/10/13、旧ソ連海軍ノヴェンバー級原潜「K-8」において、バレンツ海で原子炉の蒸気発生器が故障し、乗員13名が重度の被曝症を負った。
・1961/07/04、旧ソ連海軍初のホテル級原潜「K-19」において、艦長ニコライ・ブラディノロヴィッチ・ザテエフ大佐の指揮下、グリーンランド付近の北大西洋上を航行していたとき、同艦は原子炉冷却材システムにトラブルを起こし冷却水漏れ事故を起こした。全乗組員は高濃度の放射線被曝を受け、そして、修理班における8人全員が1週間以内に放射線被曝で死亡した。このときの被曝線量は人間の致死量の10倍に達する(約45シーベルト)量であった。「K-19」は友軍のディーゼル潜水艦によって音を捕捉され、これによって同艦とのランデブーが可能となり、乗員が収容され、母港に曳航された。
・1963/04/10、米バーミット級原潜「スレッシャー」が大西洋ニューイングランド沖2,500 mにて沈没。米国海軍はスレッシャーの沈没以来、現場海域の環境条件を定期的に検査しており、米国海軍原子力艦船の環境に対する影響を報告する公式年次文書の中で触れている。これらの報告書では沈没したスレッシャーが現場海域の深海環境に影響を及ぼしたかどうかを確認するために採取した海水、沈殿物、海洋生物のサンプルについての詳細を提供している。報告書はまた水上艦船および潜水船それぞれから深海調査を行うための方法論について説明している。検査結果によれば環境に対し重大な影響は出ていない。スレッシャーの核燃料は依然漏出していないとされているが、後の潜水調査で、残骸からコバルト60が検出されている。
・1965/02に、旧ソ連海軍ノヴェンバー級原潜「K-11」がセヴェロドヴィンスクで原子炉の燃料棒を交換中に原子炉の電圧が制御不能となり、修理に当たった7名が重度の被曝症となった。
・1965/05/21、米スキップジャック級原潜「スコーピオン」が大西洋アゾレス諸島南西沖、深度約4000mの深海で破壊された船体の一部が発見され、乗員99名総員の法的死亡が宣言された。沈没原因の詳細は不明である。核兵器2個搭載。
・1967年、横須賀港で米海軍原潜スヌーク号の異常放射能事件
・1968/05、佐世保港で米海軍原潜ソードフィッシュ号の異常放射能事件
・1968/03/08、旧ソ連海軍「K-129」がミサイル発射可能な状態で作戦海域を大きく逸脱し、ハワイ近海を航行するという不可解な事態のなか沈没し、周辺海域が放射線によって汚染される事態が発生した。
・1968/05/24、旧ソ連海軍ノヴェンバー級原潜「K-27」(液体金属炉搭載の645計画艦)はセヴェロモルスク沖で重大な原子炉事故を起こし、原子炉燃料棒は1,000℃にまで上昇、原子炉区画及び発令所の放射能レベルは1時間あたり20000ミリシーベルトに達した。乗員142名が被爆、うち6名は艦内で死亡、帰還後、更に4名が死亡、12名が重度の被曝症を負った。以後、本艦は放棄され、1981年9月6日、カーラ海に沈められた。
・1971/03、ソ連沿岸で米ソ原潜が衝突、詳細不明となった。
・1971年、米海軍原潜「ウッドロー・ウィルソン」が、グァム島で、炉心溶融の一歩手前の冷却水の圧力低下事故を起こす。
・1975年、米海軍潜水母艦「プロチュウス」が、グァム島で、原潜からの放射能の強い冷却水を大量に放出する事故
・1983/06、ウラジオストク沖で旧ソ連海軍ヴィクター級原潜「K-324」が、中華人民共和国の漢型原潜と衝突し、同艦を大破させた。
・1983年、米海軍原潜「サーゴ」がハワイで冷却水排出時に、放射能漏れ
・1985/08/10正午頃、 旧ソ連海軍エコーII級原潜がウラジオストック近郊チャジマ湾の船舶修理工場で燃料棒交換中に、原子炉の誤操作で炉心の核反応が高まり原子炉が爆発した。10名が即死、290名が被曝した。500万キュリーの放射能を持つ放射性の塵と、200万キュリーの放射能を持つ放射性の希ガス類が流出し、北西30kmに渡り拡散したとされる。
・1985/12、 ウラジオストック近郊で冷却水漏れとメルトダウン事故が起きた。
・1986/10/09、 バーミューダ沖で旧ソ連海軍ヤンキー級原潜「K-219」がミサイルの燃料漏れによる火災で沈没、核ミサイルを搭載しており、核弾頭34基も海中に没した疑い。
・1989/04/07、ノルウェー沖1685mで旧ソ連海軍マイク級原潜「コムソモレッツ(旧:K-278)」で火災が発生し沈没、2本の核魚雷を搭載していた。1994年夏の調査では、プルトニウムの漏出が確認され、同調査でいくつかの亀裂は封印。
・1994/03/30、仏リュビ級原潜「4番艦エムロード」が原子炉事故を起こし、水蒸気爆発のため10名が死亡している。
・1996/11/15午前、米海軍原潜カメハメハと米海軍原潜トビカが横須賀基地に寄港中に通常の約3倍の放射能を計測
・1988年、英国の原潜「レゾリューション」が原子炉の一時冷却系で電力供給が停止、予備ポンプや緊急電力装置も動かず、炉心温度が上昇し、あわやメルトダウン(炉心融解)寸前の事故を起こす。
・1989年、米海軍原潜「フィンバック」で、資格の無い水兵に、訓練記録を改竄して原子炉操作権限を与え、低レベルの放射性物質を含む機器を川に投棄
・2000年8月 旧ソ連海軍オスカーII級原子力潜水艦「クルスク K-141」が、炉心に約2トンの核燃料を搭載したままバレンツ海の110mに沈没した。118名が全員死亡した。2001/10/23に引き上げられ、同年末までに解体された。
・2003年、旧ソ連海軍ノヴェンバー級原潜の除籍艦「K-159」が係留地グレミハ(1980年代に建設され、フランスの衛星により初めて存在が確認された原潜基地。ソ連崩壊後は、退役原潜の係留場所として利用されている)から解体場所のセヴェロドヴィンスクまで曳航される途中に沈没するという事故が起こった。
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原子力船
・1965/02、旧ソ連の原子力砕氷船「レーニン」は、原子炉の冷却水が失われる事故を起こした。炉心溶解寸前の深刻な事態であり乗組員が多数犠牲となる。その後、この原子炉は1967年に北極海に投棄した。
・1974/09/01、原子力船「むつ」が青森県沖の太平洋で行われた初の航行試験中に放射線漏れ事故を起こし、1993年3月には原子炉を解体した。
・1980年、沖縄ホワイトビーチで米海軍原子力巡洋艦「ロングビーチ号」の異常放射能事件
・1991年、米海軍原子力巡洋艦「ロングビーチ号」で、バルブ弁故障のため、サンディエゴ湾内に一次冷却水漏れ。他にも4つの港での放射能漏れ事故により乗員が被爆。
・1995年、米海軍原子力巡洋艦「カリフォルニア」において、冷却水漏れ、水兵3名が汚染。
・1996年 ピュージェットサウンド造船所で、米海軍原子力艦「アーカンザス」から放射能蒸気が漏れたが、米海軍は15時間も事故を州政府と市民に通報せず。
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原子力空母
・1979年、米海軍空母「ニミッツ」が原子炉部分で一次冷却水漏れ事故
・1989年、米海軍空母「リンカーン」が放射能を帯びた冷却水330ガロンを川に放出する事故
・1994年、米海軍空母「エンタープライズ」が原子炉室の火災・放射能漏れ事故
・1999/11、米原子力空母「ステニス」は母港サンディエゴ基地の接岸岸壁を離れて間もなく座礁。これによって原子炉の冷却水循環ポンプが故障、原子炉2基が緊急停止。メトロダウン寸前となる。
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その他
・1972年、本土復帰直後の那覇港で、普通、核実験の死の灰や、原子力艦船から出ると考えられているコバルト60をかなり検出
・1977年、原潜と原子力空母の母港である米ピュージェット造船所において、2週間に4件の放射能汚染事故が発生し、大気中に漏れ出た放射能のために3人の労働者が被曝。
・1978/01/24、原子炉を搭載した旧ソ連海洋偵察衛星「コスモス954号」が運用後の原子炉の分離・軌道変更に失敗し、カナダ西北部へ墜落、グレートスレーブ湖からベイカー湖にかけて約600kmもの広大な範囲に放射能を帯びた破片が飛散。これらの破片には1時間当たり1.1Svの放射線を放つものもあり、また回収できた核燃料は全体の1%程度だと見積もられている。
こんな状態の中で海水の汚染問題が出てますが既に安全な海水が無いのが事実では有るんですよね、何処の国も詳しい情報を正解に向けていち早く発信しなのは事実なんですからね、海流の関係上北極海から流れ出す放射性物質は広い範囲に移動しますから実際問題の汚染範囲を考えれば恐ろしい事には違いないのですから・・・
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